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2014年5月16日 (金)

チベットについていろいろ・その2

■「ホームズ謎の三年間」とチベット
 某女史のツィートを見ていて「へえ?」という事実を知ったのでメモ書き。
1)シャーロックホームズ物を終わらせたがっていたコナン・ドイルの意思でホームズシリーズが「最後の事件」で「ライヘンバッハの滝から宿敵・モリアーティ教授とホームズが格闘の末一緒に転落死」と言う形でいったん話が終わったこと
2)しかし「ホームズ物を本格的に再開して欲しい」という出版社やファンの声にドイルが押され「空き家の冒険」でホームズは「実は生きていた」「3年間死んだふりをしていた」としてホームズシリーズが本格的に復活(それ以前は「最後の事件」後のホームズ物は、「事故死以前のホームズ話」という形で発表された)
ということはホームズにある程度知識のある方なら知ってるだろう。
 ではこの「死亡した振りをしていた」3年間の間どうしていたかというと

2年間チベットを旅行し、ラサを訪れて、ラマの高僧と数日を過ごしたりして楽しんだ。(ウィキペ「空き家の冒険」)
と言う記述があるらしい。心霊主義にはまっていたという作者コナン・ドイルらしい話だ。
 心霊主義とチベット仏教を一緒にすると関係各位に怒られそうだが少なくともドイルにおいては区別などないのではないか。
 それはともかく、「え、空き家の冒険にそんな記述あったか?」と思ったがよく考えたら以前読んだときは「ホームズの空白の三年間はほら話だろうし事件に関係ない」と思って完全に読み飛ばしてた。後で読み直してみようかな。ちなみにこのチベット記述をネタにした『シャーロック・ホームズ、チベットへ行く』(邦訳、2004年、青弓社)という後世の作家によるパロディ小説もあるらしい。


■今(2014年5/26)、チベット国際学会会長「ツェリンシャキャ」カナダ・ブリティシュ・コロンビア大学教授が来日してるらしい
 某女史のエントリ及びツィートによる。一橋大学の招聘らしい。何で招聘したのかは不明(そこまで詳しく某女史が書いてない)。一橋主催の国際シンポジウムか何かか?
 某女史のエントリやツィートを「そのまんまここに持ってきてコメントする」と確実に某女史が「削除しろ」と言うことが予想されるし、俺も「そういうことはしない」と約束したのでそういうことはしない。
 で、「一橋大学&チベット国際学会」などでググって見たが全然ヒットしない。とりあえず来日してるらしいということをメモ書き。


■シュクデンについてのダライシンパブログ
 下の文章でシュクデンについて簡単に触れましたがせっかくなのでダライシンパブログでの「シュクデンの扱い」をググって調べてみました。

http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51596750.html
■ウーセルさんのツイッターより「シュクデン問題」
・2001年末、テンジン・デレク・リンポチェは「爆破事件」への関与をでっち上げられ、執行猶予付きの死刑判決を受けた。幅広く民衆の信奉を得ており、今でも市民は冤罪を主張している。彼が役人やリタン・ゴンパのトゥルク(当局に歓迎されている人物)の恨みを買った原因の一つは、シュクデン信仰を捨て、正しく仏法を修めるよう僧侶に呼びかけたことだ。このために陥れられた。
・1997年2月4日には、南インドのゴンパのシュクデン信徒6人がダラムサラ仏教論理学院学長と2人の僧侶を殺害するという事件が起こった。その後、彼らはすぐにチベット本土に逃げた。ある情報によれば、6人は(注:中国)共産党政府の褒賞を受けたという。

とはいえ実際どうなのかは素人の俺には勿論わかりません。
「敵の敵は味方」と言うことでシュクデンが中国と野合することは可能性としてはあるでしょう。一方、ダライ側が「宗教異端として批判するより中国の走狗扱いする方が批判しやすい」としてシュクデンについて「あることないこと」いって誹謗してる可能性もあるわけです。
 いずれにせよダライサイド(シンパを含む)がシュクデンを『中国の走狗』として宣伝してることはわかります。もはやダライサイドにとってシュクデン問題は「ただの異端批判」ではなく「中国の走狗撲滅」というお話になってるわけです。


■ダライがオランダに行ってるらしい
 でいくつかググってヒットしたブログを見てみましょう。全国紙(朝日、読売)とかでないので信頼性が今ひとつではありますが。

http://www.portfolio.nl/bazaar/home/show/429
 ダライ・ラマ、オランダ訪問
 オランダは中国とのビジネスを重要視しているため、ルッテ首相はダライ・ラマに謁見しない。

もろに、『「経済のほうが政治よりよっぽど現実(実状)に正直だ」の実例』(http://blog.goo.ne.jp/mccreary/e/0923078995318b8a865f3339b5611701)の一例ですね。

次にオランダ在住の方が書いたらしいエントリ。

http://shimomovie.wordpress.com/2014/05/12/%E3%83%80%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%9E%E8%A8%AA%E8%98%AD-%E7%B7%A8/
 シュクデン(Shugden)とは、チベット仏教の最大宗派ゲルク派内部において自派の伝統を純粋に保持しようとする保守派によって祀られてきた護法尊である。
(中略)
 現在、ダライ・ラマ14世によってシュクデン信仰は禁止されており、シュクデン派はチベット仏教の主流派からは異端とみなされている。それに対し、シュクデン派は欧米において独自の活動を行うとともに、ダライ・ラマ14世とチベット亡命政府に真っ向から対立している。 (Wikipedia より)

 なるほど。
 だから、あんなにダライ・ラマを非難していたのね。
 ダライ・ラマの発言によって差別を受けている、偏見をもたれているという事実を、デモで訴える人々。
 仏教指導者の一人であるにもかかわらず、仏教の教えに矛盾する言動をとり、自分たちをいかに苦しめているのか。 
 ひたすら訴えている彼ら

どうもこの方ダライには小生とは違った意味で批判的なようですねえ。こういうのMukkeさんや某女史はどう思うのか興味深いですね。まあ大体予想つきますけど(毒)。
 このエントリだけではシュクデンとかいう「ダライから禁止されてる異端派」がどういう代物かとかわかりません。
 ウィキペにも「シュクデン」というのはありますが、紹介されてるダライの言い分(違法カルト呼ばわり)と、シュクデンの言い分(ダライの批判は言いがかり)と全然違うし、他にヒットするエントリはほとんど「ダライシンパのシュクデン批判(まあ、日本でシュクデンシンパとダライシンパどっちが多いかといったらダライシンパですし、ダライシンパかシュクデンシンパでもない限りこんな事に興味は持ちませんから)」で客観的な物がナッシングです。
したがってこのブログ主のように

仏教指導者の一人であるにもかかわらず、仏教の教えに矛盾する言動
とまでダライを批判しちゃっていいのか、わからんけど、まあ「ダライ猊下万々歳」Mukkeさんとか某女史に限れば何も考えず速攻でこのエントリ主に向かって「ダライ猊下のどこが仏教に矛盾してるんだ」「シュクデンなんか禁止されて当然だ」と言って大激怒でしょうねえ。

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コメント

明日、「実例」のオランダ編の記事を発表する予定です。よろしければまた目を通してください。

ところで、上のシュクデン関係ですが、私の記事とは無関係な話ですので拙記事では触れるつもりはありませんが、少なくともダライ・ラマに反対する立場のチベット仏教徒の存在の話は興味深いですね。

Mukkeさんとかのダライ・ラマ絶対支持の立場の人たちだけが、「フリーチベット」を主張しているわけではないわけで、自治権獲得、いずれは独立をと希望していても、かといってダライ・ラマとは相いれないとか、チベット亡命政府とは別の政府が必要だと考えている人や、解放前のような極端なダライ・ラマ崇拝や仏教信仰はだめだと考えている人たちもいるわけですよね。それこそプンワンみたいにダライ・ラマを信仰しながらも中国共産党の幹部になった人もいる。そもそもダライ・ラマとチベット(亡命)政府は何回も致命的な判断違いをしているわけで、そんなに政治活動にたけているわけでもない。

そう考えるとMukkeさんほかのような考えだけではなかなかフリーチベットも難しいかと思いますね。どっちみちチベットが独立したとしても、かつてのような極端なダライ・ラマ崇拝が復活することはないでしょうが、そうなればますます私がかつて記事で批判したような「仏教教育」なんてのはできないし、するべきでもない、という話になります。ダライ・ラマが先にあってチベットがそれについていく、とかいう話ではない、なんて当たり前のことをいまさら書くのも実に馬鹿馬鹿しい話です。

まあ世間のまともな中国批判の人たちは、中国の経済での強力なプレゼンスは認めたうえでどう中国と対応していこうかと考えているわけで、それはチベット側だってまともな人間は同じでしょう。そんな指摘を「シニシズム」なんて批判するのも、要はあんたたちの反中国の考えが非現実的なだけだろ、っていうだけの話です。

>明日、「実例」のオランダ編の記事を発表する予定です。よろしければまた目を通してください。

そうですか、それは楽しみです。

>プンワンみたいにダライ・ラマを信仰しながらも中国共産党の幹部になった人もいる。

まあ、「ダライラマ神権体制」を遅れてると考え「改革はもはや外圧に頼るしかない」と考えればプンワンのような生き方は何ら不思議じゃないわけです。
 パンチェンラマなんかも中国に残ったわけですからダライとは違う生き方をしたわけです。

>ダライ・ラマとチベット(亡命)政府は何回も致命的な判断違い

「何回も」と言っていいかはチベットに詳しくないので判断を保留しますがダライが印度に亡命する羽目になった騒乱は「果たしてやって良かったのか」と思いますね。

>そんな指摘を「シニシズム」なんて批判する批判するのも、要はあんたたちの反中国の考えが非現実的なだけだろ、っていうだけの話です。

というか、あのエントリでまず批判されるべきはノルウェーじゃないんですかね?。何らかの形でMukkeさんがノルウェー政府を批判したのか(特に大使館前でのデモなどのような形でノルウェー側に強くアピールする形で抗議したのか)気になりますね。

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