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2014年7月11日 (金)

シムラ条約100年

 某女史のエントリやツィート見ていたら今年で「シムラ条約100年」だそうです(引用すると激怒する方なので引用はしません)。
 で女史は「シムラ条約を中華民国が認めていたら」とお嘆きですが認めなかったんだから今更そんな事言ったって仕方がない。
 それに「独立に結びつきそうなら何でも評価する」のが女史の立場のようですが果たしてそれでいいのか。
 シムラ条約を英国が画策したのは「チベットを英国の勢力圏にするため」であって、善意の表れでも何でもないわけです。
 ウィキペ「パンチェン・ラマ9世」にも

ダライ・ラマ13世がロシア帝国(ロマノフ朝)やイギリス帝国に接近したのに対して、政治的に対立していたパンチェン・ラマ9世は宗主国である清朝を頼った。辛亥革命で清が滅亡し、イギリス帝国の支援を受けたダライ・ラマ13世との権力闘争に敗れると、最終的には1923年に中華民国に亡命した。

と書いてあるようにチベット人皆が「シムラ条約路線」を支持したわけでもない。

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