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2014年10月12日 (日)

チベット近代化を認めることができないらしい女史(ネタバラシあり)(追記あり)

女史の文章をブログから一部引用してコメントしてみましょう。まあ、女史の反発を避けるためにリンクは張りませんが(追記:なお女史の言う「悲劇的結末」について後でネタバラシしますのでそれが嫌な方は読まないで下さい)。

映画『オールド・ドッグ』
 映画には二種類のチベット人が描かれている。一方は、民族衣装をまとい、昔ながらの遊牧生活を営むチベット人、もう一方は漢人の社会に溶け込んで漢人と同化して生きるチベット人である。前者の代表は主人公の老人である。彼は遊牧生活を営んでおり、一人息子のゴンポとその嫁ルンツォが同居している。息子のゴンポは二種類のチベット人の境界に存在しており、馬ではなくバイクにのるがその胸中は父に共感する部分もある。
 一方のチベット人は町にすむチベット人で、老人の甥で町で公安の職についているドルジや小学校教師をやっているルンツォの姉である。中国政府は漢人の数の力でチベット人の同化を勧めているので、後者は生きるためにもっとも適した職業選択をおこなったにすぎない。

 何つうか「やれやれ」ですね。まあ、同化つう要素がないとは言いません。たぶんあるんでしょう。
 ないとは言いませんが「公安(警察のこと、日本で言う公安警察、政治警察も含むが必ずしも公安警察、政治警察に限らない)の職」ならまだしも「町で小学校教師」てのは批判されることなんですかね。
 ああそうか、「チベット民族教育じゃないから」「漢語で教育してるから」て話ですか。
 ただ女史の書き方だと、そういう事じゃなくて「町で生活すること」「遊牧してないこと」それ自体を問題視してる疑いがありますね。

 主人公の老人はチベッタン・マスチフの老犬を飼っている。チベタン・マスチフは世界最大の犬でありこの世界一というフレーズが経済力をつけた漢人の富裕層の虚栄心にマッチし、多額の現金をもつ彼らは、「国産」(漢人からみるとチベットは中国)の世界最大の犬を手にすることに奔走した。そのためチベッタン・マスチフの市場価格はつり上がり、チベットの遊牧民の家庭からチベット犬が盗まれ続けた。
 そんな悲しい状況の中で老人は孤高である。どうせ盗まれるくらいならお金に換えようと息子のゴンポが中国人の王(ワン)に犬を売りに行くと、それを取り返しにいく。
 なぜなら、その純潔種の老犬こそ、伝統的な遊牧民の生活スタイルと価値観の象徴だからだ。この犬を金に換えるということは、老人にとってチベット人の魂を捨てて漢化(=金)を受け入れることにほかならない。

まあ、老人がそういう価値観なのは別にいい。ただ犬を売りに行く程度の事に「チベットの魂」なんて感じない人もいるでしょうし、まあ、その辺りは人ぞれぞれでしょう。女史だと「売らないのが正しいに決まってる、以上」でしょうけど。ああそれとこれって「中国支配がどうこう」て話では少なくともないですよねえ。
 伝統的価値観と非伝統的価値観の対立とは言えるでしょうが。


【追記】
 女史が「すばらしい映画評」としてツィートで紹介していた映画評を紹介してみましょう。完全にネタをばらしますので念のため。

http://musebinaki.com/2014/11/12/eiga-8/
・物語の結末
 あらゆるものが閉塞感に包まれているそのような状況の中で、この物語は泥棒に渡すぐらいならと老人が犬を絞め殺すという悲劇的な結末を迎える。

 「動物虐待やん」「むしろ殺すくらいなら泥棒に盗まれた方がマシと違うの?」と思いますけど、俺なんか。
 もしかしたら「焼身自殺の比喩(不快な生なら死んだ方がマシ)」かもしれませんけどどっちにしろそういうの俺はちょっと共感できないな。犬殺しとか焼身自殺とかちょっと美化しないで欲しいですね。

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コメント

私が以前教授の、チベット亡命政府の仏教教育評価を、そんなものは時代錯誤だ、金儲けや家畜の効率的な飼い方を教えるほうがよっぽど役に立つ、って話を書いたら、noharra氏が激怒したじゃないですか。Mukkeとかいう人物も怒っているらしい。連中のような極端なチベット支持者は、

>なぜなら、その純潔種の老犬こそ、伝統的な遊牧民の生活スタイルと価値観の象徴だからだ。この犬を金に換えるということは、老人にとってチベット人の魂を捨てて漢化(=金)を受け入れることにほかならない。

というように考えているんでしょうね。そこまであからさまには言わずとも。

で、残念ながらそういう考えは、昔はいざ知らず、今日では全く通用しないでしょうね。かりに中国が撤退して「チベット国」になったとしたって、けっきょく中国時代とさして変わりのない貨幣経済の国になるでしょう、チベットは。それはいいとか悪いというレベルの話でなく、そうなります。まさかポルポト時代のカンボジアみたいに、通貨の通用しない国にするわけにもいかないし、どっちみち中国とはいい関係を続けなければチベット国はやっていけないでしょうから、中国の衛星国みたいな立場になる可能性が強く、そうなれば、現在と似たり寄ったりの社会になるでしょう。そうでなくても、貨幣経済に依存する傾向は、どんどん強くなるだけです。

Bill McCrearyさん
 ご指摘の通り、部外者が「中国のチベット統治を民族性軽視だと批判する」のならともかく、「中国のせいでチベットに拝金主義がはびこり」みたいなことを 言うのは違うと思うんですよ。
 たぶん「チベットが仮に独立していた」ておっしゃるように中国からチベタン・マスチフ求める人はいるでしょうし、何もマスチフを求める人は中国だけじゃないでしょう。そしてどんなことしたところで貨幣経済の普及を抑え込むわけにはいかないでしょう。たとえばヒマラヤ観光で食ってるチベットの近隣国・ネパールなんかそうなんじゃないですかねえ。
 中国の統治と拝金主義(?)とやらは関係ない。まあマスチフ泥棒を取り締まるのは当然として、「マスチフ価格高騰を規制で抑える」てことはあってもいいかもしれませんが。
しかし「世界最大の犬」てどれだけ大きいのかと思ってググったら「64~82キロ程度」だそうです。人間の成人男性の一般的な体重とかわりませんね。

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