« 久しぶりにI濱女史に突っ込む(2014年の「女史の総括」編) | トップページ | 今日もI濱女史に突っ込む(陳舜臣氏死去ほか) »

2014年12月31日 (水)

I濱女史の旦那「F田Y一・O谷大教授」にも突っ込んでみる

 「女史同様チベット研究者」である、「女史の旦那」F田Y一・O谷大学教授のツイッターにも突っ込んでみましょう。俺は女史やMukkeさん、ペマギャルポのような「変な人」を見てから「チベット界隈」は「チベット関係者て、ダライてホンマ阿呆やな(嘲笑)」と小馬鹿にする「罵倒のネタ」としか思ってません(毒)。
 まあそれはともかく。
 女史の旦那なので
1)女史と同レベルの人間、俺がリンク張ると女史同様の弾圧仕掛けて来かねない
2)旦那がまともでもリンク張ると女史が「ココログ運営」に削除要求しかねない、
 つうことで「名前はイニシャル」にし、ツィートにもリンクを張るのは辞めておきましょう。興味のある方は探せばよろしい。
 で旦那F田先生のツイートを見たんですが「女史よりは常識人らしく」突っ込みネタがなかなか見つからねえ!。後、女史が「できる限りわかりやすいお話でダライファン、チベ仏教ファンを増やしたいの」路線に対し、旦那は「チベ仏教が難しいのは当然だろ、わかんねえ奴は読まなくていいよ」路線で読んでもさっぱりわかりません。何せF田先生は、はっきりと「チベット仏教の独学は無理、すげえ難しいから」「俺もどんだけ分かってるか自信ない。昔よりは分かってることと昔はもっと分かってなかったことは間違いないけど」と言う主旨の事を自ブログやツイッターでおっしゃってますから(俺なんか「それて空理空論もて遊んでるからそうなるのと違うの?」とか「独学無理てそれ絶対僧侶以外一般チベ人は理解してねえだろ、意味あるのか、チベ仏教」とか思っちゃうわけですが)。
 でも何とか一個だけ見つけましたぜ!(今後も見つかったら随時追加の突っ込み)

新刊案内。チベット亡命政府文部省発行の中学生用教科書の訳。王統史、仏教史、論理学、仏教の4部からなる。論理学が1/4を占めているところがすごい。こんなことを中学生がやっているのかと驚くに違いない。

 何つうか「類友」つうか、女史の旦那だけあって文章内容が女史並みにトンチキですね。まあ、女史と違って「文章が一見まともに見える」てところは女史と違いますけど。女史だともっと大げさな「アホか?」て言いたくなる文章で書くのですぐにトンデモさに気づけるんですけど。
 まあ、いずれにせよ言ってる内容は明らかに女史並みに異常ですよねえ。チベット研究者てみんな女史や女史の旦那並みにトンチキなんでしょうか。
 「こんなことをやってるのかと驚くに違いない」。
 ええ、驚きました。まるで美談であるかのように書いてるあなたのトンチキぶりに大変驚かせていただきました。
 そもそも「王統史、仏教史、論理学、仏教の4部」て、そんな事をやってる暇があったらそれこそ
■ライプツィヒの夏『過度の仏教信仰やダライ・ラマ崇拝はけっきょくチベットに不幸をもたらしたと思う』
http://blog.goo.ne.jp/mccreary/e/a39b37f789b69f015019ee9fed0a4466
が指摘するように

 チベットで必要な教育は「仏教教育」でなくて、いかに効率よく金をもうけるか、いかに家畜を育てるかといった実利に利すること、民主主義とはなにか、権利や義務とはなにかといったこと、あるいは科学技術でも医学でもいいですが、そういうことを学ぶことじゃない? 失礼ながら、仏教教育なんかしたところで、たいしてチベット人たちに得があるとは思えない。チベットが自治をするのなら、徴税から予算作成・執行にいたるまで自分たちで責任を持たなければいけないのだから、国民にいろいろな教育をしなければ自治どころの話ではありません。

と俺は思いますけどね。ただそういうと女史も女史の旦那も、Mukkeさんも「チベットキチガイ、ダライキチガイの皆さん」は「チベットをバカにするな!」と怒り出すんでしょうけど(毒)。

« 久しぶりにI濱女史に突っ込む(2014年の「女史の総括」編) | トップページ | 今日もI濱女史に突っ込む(陳舜臣氏死去ほか) »

チベット」カテゴリの記事

残念な人たち」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/2022970/58433622

この記事へのトラックバック一覧です: I濱女史の旦那「F田Y一・O谷大教授」にも突っ込んでみる:

« 久しぶりにI濱女史に突っ込む(2014年の「女史の総括」編) | トップページ | 今日もI濱女史に突っ込む(陳舜臣氏死去ほか) »