反中国バカ

2016年1月13日 (水)

I濱エントリ「センゲ首相の来日」

私が中国を恐れない理由は三つあります。
1 かつてはチベット(古代チベット)が中国の都を占領し、今は中国がチベットを占領しています。これまでの長い歴史の中でチベットと中国はそのような状況を繰り返してきました。今もそのような歴史の一部を見ているに過ぎないからです。

 女史が紹介するチベット亡命政府首相の来日スピーチです。
 やれやれですね。チベットが中国を占領って「吐蕃(7~9世紀)」という超大昔の事じゃないですか。
 「繰り返してきた」てチベットが「軍事大国、経済大国的な意味」で羽振りが良かったのって「吐蕃(7~9世紀)」の頃だけでしょうよ。繰り返しなんかどこにもない。
 大体、こんなことを言ったら「我々モンゴルはどこの国も怖くない、なぜならチンギスハーンの時代は大帝国だったからだ」とか「我々スペイン(ポルトガル)はどこの国も怖くない、なぜならいわゆる大航海時代は我が国は世界に冠たる大国だったからだ」なんて事も言えますが、そんな事言ったて空しいだけです。
 つうか長い歴史で言えば「アヘン戦争以降、欧米や日本の侵略を受けてた頃」「新中国建国後、経済建設がうまくいかなかった頃」を除けば、中国は「辺境の地・チベット」とは違い、ほぼ全ての時代で「世界に冠たる大国」だったわけです。

2 法王がつねづねおっしゃっているように、我々は事実に基づいて戦っています。長い歴史の中で、必ず、正義は不正義に勝ち、非暴力は暴力にかち、自由は不自由に勝ってきました。いずれ正義は勝ちます。

 ここだけ取り上げればまあ、「美しい言葉」ですが、日本ウヨと野合して恥じないチベット亡命政府連中(ダライラマ一味)に「正義など語る資格」はかけらもありません。偉そうな事を言うならたとえば「ペマギャルポがチベット関係者面(まあ日本に帰化したとはいえ元チベット人ですが)しながら、南京事件否定論、河野談話否定論などのデマを流すことを批判しろよ」と思いますが、まあ批判しない、できないでしょう。
 なぜならダライ一味は「正義だの非暴力だの」全く信じてないからです。信じてないから「ペマが不正義に荷担してチベットの日本国内での評判を落としてること」を何とも思わない。
 「不正義でも強者ならつきあった方がお得」「今の総理は南京事件否定論とかに近い考えジャン」「歴史修正主義への荷担で、日本国内の歴史学者に批判されたって構わない」つうのがダライ一味なのでしょう。ダライ一味の偽善者ブリには反吐がでます。
 もちろん我らがI濱女史らも「そうだ、チベットは正義の側だ」と与太飛ばすだけで、チベットの不正義を正そうとはしないわけです。
 大体「CIAの支援でゲリラ戦やってた連中」が「非暴力は暴力に勝ちます」とは何かの冗談でしょうか。

チベット仏教の歴史は2500年ですが、中国共産党の歴史はたかだか100年です。

 やれやれですね。歴史が長いから偉いわけでもないし、短いからくだらないわけでもない。そんな事を言ったら中国だって「儒教の歴史」とかいくらでも古いもんを持ち出せるでしょう。チベット仏教の歴史は2500年つうのもおそらく「インド仏教から数えての歴史」であって実に眉唾もんです。ウィキペ「チベット仏教」「ダライラマ」から考えるに「チベット仏教が今の形で確立した=ダライラマ制度が確立した」のは17世紀初めのようですから「2500年」なんて「だぼら」「デマカセ」もいいところです。
 そもそも「元王朝時代から中国のチベット支配は始まっている」、つまり「中華人民共和国になってからチベット支配は始まったわけではなく」、当然ながら「中国共産党が下野したところでチベットが独立できるとも思えない」のになんで「中国共産党の歴史云々」と言い出すのか。

同化が進もうが、チベット人はチベット人です。漢人カップルもチベット高原で子供を生みますが、チベット人夫婦から生まれた子供より死亡率が高いことが研究の結果分かっています。漢人の遺伝子が高地に馴化するまで500年はかかるとのことです。

 まあ実にうさんくさい話ですね。「科学が発展した今時」高地だからと言ってそこまで死亡率に如実な差なんか出るんでしょうか。
 それが事実なら、中国人もいずれは「こんな住みづらい土地はごめんだ」といって出て行くでしょうから「自然に中国人もいなくなる」んじゃないですかね。ダライ一味が運動する必要は全くないわけです(勿論皮肉で言ってる)。

ソ連が崩壊することは誰も予測していなかったのに、ソ連は崩壊しました。
マンデラが23年もの間、牢獄入れられている時、彼が南アフリカの大統領になることを誰が予測していたでしょうか。
五年前にアウンサンスーチーさんが町中を歩くなんて考えられたでしょうか。

 やれやれですね。そういうことを言ったところで意味はないでしょう。すべきことは「どうチベットの現状を変えていくか」ですがまあ、こういう事しか言えないんだからダライ一味には展望も何もないのでしょう。

ダライラマが本来の座であるポタラ宮にお帰りになることがないとは誰がいえましょうか。
この次はチベットで、この次はラサでお会いしましょう。

「ラサで会おう」はともかく「ダライの帰国」なんてもはやあきらめてるだろうによくもまあほらを吹きます(苦笑)。それとも「今のダライ14世の生まれ変わりであるダライ15世や16世の時代には戻れるかも知れない」つう話でしょうか。

【追記】

 http://jinf.jp/news/archives/17902

ロブサン・センゲ中央チベット政権内閣主席大臣は1月13日、衆議院第1議員会館特別室で、国家基本問題研究所の櫻井よしこ理事長をはじめ企画委員らと、現在進行しているチベットをめぐる様々な取り組みについて意見交換した。

「正義」云々などと偉そうな事を言いながら「南京事件否定論」などデマを垂れ流す「不正義集団」国基研とつきあって恥じないのだからダライ一味には心底呆れます。ダライ一味には「くたばれよ、カス野郎」以外に送る言葉はないですね。

2015年11月16日 (月)

やはり中国を異常なまでに敵視しているネトウヨ女・I濱

東日本大震災の時も世界中が喪に服してくれてずいぶん慰められた。それまで日本は隣国からののしられてばかりで、世界中に嫌われていると思っていたから。「ああこんな遠くの国の人も思ってくれている」とフランスの人が少しは慰められるといいな

 親愛なるI濱先生のツィートですがすごすぎますね。
 同じ日本人ですが俺はここまで中国に敵意はないですね(もしかしたらI濱の言う「隣国」には韓国も入るのかも知れませんがここでは「入るか不明な韓国」は除いて、「入ることが絶対確実な中国」に限定して話をします)。「極右反中国脳のI濱先生」がそんなトンチキことを考えていたとは知りませんでした(つうかI濱先生が大嫌いらしい中国だって東日本大震災では喪に服したというか、それなりの人道的態度をしたでしょう。内心どう思っていようと被災国に対して「被災をネタに」悪口雑言するようなバカは普通いません)。
 どんだけI濱は中国を敵視してるんでしょうか(つうかどう見てもフランスをダシにして中国に悪口を言ってるようにしか見えません。中国は勿論、フランスにも失礼です)。
 I濱嫌いの「俺の捏造」と思う方もいるでしょうがこれはマジのI濱ツィートです。ツィートにリンクを張ると「ストーカーとか言い出す人がI濱」なので貼りませんが興味のある方はI濱のツィートを調べてみればよろしい。
 「こいつは本当に学者なのか?」「えーと、何、専門能力だけはあるけど常識が全くない専門バカって奴?、こいつとつきあえる奴はバカなの?(特に旦那とか)」と口あんぐりです。俺がI濱のゼミ生だったら到底、こんな人を恩師と仰ぐなど、我慢ができませんね。ゼミをやめると思う。
 それにしても何で日本の「自称チベット支持者」つうのはI濱みたいな頭の湧いてる反中国右翼がうんざりするほどいるんでしょうか。欧米はともかく日本での「チベット支援」とは「反中国極右運動とイコール」と言っても言い過ぎではないでしょう。有害無益な行為でしかありません。

2015年10月 5日 (月)

今日も中国の悪口を言うウヨの女史

フィンランド人は何か日本人に自国民と共通のものを感じるらしい。クリスティーナ曰く「お魚が好きなところとか、言葉もフィン語はアジア系の言語なとことか」。というので、私が「でもやはり最大の共通点は、隣がやりたい放題の面積だけの大国がいることでしょう」と応じたらすごい受けた。

・今日も女史のエントリに突っ込んでみます。
・やれやれですね。フィンランド人のおべっか、つうか社交辞令を真に受けてるんだからいつもながらどうしようもないバカです。
・しかし女史の反ロシア、反中国はどうにかならんもんですかね。
 どの辺りが「やりたい放題」なのか。「スターリンのフィンランド侵攻」以外にソ連なりロシアなりがフィンランド相手にやりたい放題なんて事もないでしょう。もちろん中国にしたって「どこがやりたい放題なのか」て話です。
 そして、むしろ中国の方こそ「戦前やりたい放題ウチの国を侵略したのは手前ら日本だろうが、あげく南京事件否定論や河野談話否定論に好意的な男が首相ってどういうことだか言ってみろ」と怒り心頭でしょう。
・クリスチナ某は女史に調子を合わせてるだけでしょうが、女史のウヨ暴言に調子を合わせるなんて、あまり「知的な人間」とも思えませんね。
・なお、フィンランドというと日本では社民主義者によって「福祉が充実した社民国家(まあ、通常、スウェーデンやノルウェーとセットでそのように評価されますが)」として評価されますが「ウヨの女史」においてはそう言う評価をする気はないようです。まあ「東郷ビールとかデマ言い出さないだけ」女史はまともではあります。

2015年8月 1日 (土)

「2022年冬季五輪が北京に決定!」を憤る「反中国」I濱女史

 まあ、「立候補国がカザフスタンと中国のみ」と言う時点で「カザフは貧乏国やし中国の方が無難とちがう?(IOC)」となるのは「正式決定前からわかっていたこと」ではありますが。
 で我らがI濱先生のツイッター。小生としては「隣国の慶事・北京冬季五輪決定」を素直に喜びますがアンチ中国のI濱先生は勿論違います。

・人権状況改善すると約束して開催した2008年北京オリンピック。約束は守られず、中国はチベットをはじめ、さらなる人権弾圧を加えた。そして今日、2022年の冬季オリンピック開催地に北京が決定。これが平和の祭典だって!どうかしてるよ!
・(注:ボストンが五輪招致から撤退したように)納税者の意見を聞かねばならん民主国家では、今のような(注:開催都市にやたら経済負担がかかる)オリンピックの開催は難しい。結果、(注:2022年のカザフスタンや中国のように)独裁国家しか名乗り上げんことになる。東京オリンピックも運営費2兆とかいうとるが、わしゃ都民だが、はらわんぞ。

 「人権状況改善すると約束して」てそんな約束はしてないと思いますがそれはさておき。
まあ、俺から言わせれば「ソチ五輪の時点でわかりきってたことと違うの?」「何を今さら、カマトトぶりやがって」ですね。
 何せ「同性愛差別とかを理由にオバマが開会式を欠席する有様」ですから。いや「韓国軍事独裁時代にソウル五輪やってる時点」でわかりきったことか?
 もう五輪は「平和の祭典」とか考えないで「ただのスポーツ興業」でいいんじゃないですかね。つうかこのままだと経済負担が重すぎて「独裁国家ですら」五輪に名乗りを上げなくなるでしょうね。もう「五輪は潰す」か、「開催都市側に負担かけない方向で何とか続けるか」どっちかしかないんじゃないか。

2015年7月29日 (水)

I濱エントリ「教科書内のチベット関連記事の変化」

 I濱先生らしいエントリではあります(リンクをはると「ストーカー行為だ」と発狂しかねない御仁が女史ですのでリンクは張りません。興味のある方はググればよろしい)。
 まあ、読む前から「ダライノーベル平和賞受賞以前=大して記述ない」「受賞後=若干増えて女史も喜ぶ」程度の話なんだろうと予想できますが読んでみます。
 まあ、いちいち引用はしませんが女史が「この世界史教科書で育つ子どもはダライ猊下を支持してくれるんじゃないか」とか抜かしてるのにはいつもながら呆れました(そう言えば今気付きましたけど、産経つくる会一味って世界史教科書は確か出してないんですよねえ。出して欲しいと思いませんし出す能力もないでしょうが。「世界史教科書で大嫌いな共産主義や中国を思う存分貶めたい」と言うウヨ的感情だけでは教科書は作れませんので。まあ今後も「出さない」つうか「出せない」でしょうが仮に出したら「チベット問題で中国を悪口雑言し、それを女史が褒め称える」というおぞましい光景が見られるのでしょう)。
 ダライ支持なんてないって、そんなこと。
 教科書記述は当然ながら単に「ダライと中国がもめてる」て書いてるだけですから。中国を応援してない代わりにダライについても応援してるわけでもなんでもないですからね(そもそも女史は教科書の影響力を過大評価しすぎですが)。
 つうか女史が「昔の教科書は共産主義、社会主義万歳だ」とか抜かしてて「ああ、この人やっぱウヨなんだ」と心の底から呆れましたね。まあ、「スターリン批判」「文革」「ポルポト」と既存社会主義国家の問題点がいろいろとわかりやすい形で出てくるにしたがって「記述も徐々に若干厳しいものにはなっていった」でしょうが、それにしたって「昔は共産主義、社会主義万歳」はないでしょう。
 なお、チベットについて言えば女史は何故か「昔の教科書は中国寄りでダライを糞味噌に罵倒してた」と妄想してるようですが、ご本人何一つ根拠をあげてませんから文字通り「反中国バカ、チベットキチガイの妄想」なんでしょう(せいぜい「チベットで反乱が起き中国が鎮圧した」程度の記述でしょうよ。まあそれでも女史は「反乱とは何だ!」と気にくわないのかも知れませんが)。
 正直女史みたいな人間をまともな学者として評価する気は俺にはないですし、この種のバカ女がでかい面してるようでは「日本のチベット支援運動」もお先真っ暗でしょう(毒)

2015年3月29日 (日)

今日もI濱女史に突っ込む(中国人差別発言に呆れる:追記あり)

 リンクは張りませんが、I濱女史のブログの一文です。興味のある方はI濱ブログを検索するとよろしい。

1904年に福岡県庁の前に建立された、日蓮像と亀山上皇像。私事になるが前にここに来たのは、十代のはじめ頃であった。神風に袖を翻す巨大な日蓮像を見て圧倒され、像の足下にある銅版画にモンゴル軍の非道(捕虜の手のひらに穴をあけて紐を通している)が刻まれているのを見て「蒙古こわい」と思ったものだ。
 その後すっかり忘れて大学に入ってモンゴルゼミとかに入ったところを見ると、あの時感じた怖さは現実のモンゴルに対してではなく、「外国からやってくる話の通じない暴力」に対してだったのであろう。

・「モンゴルゼミ」云々て、そりゃ誰も「元寇の時みたいに、モンゴルが海を渡ってまた日本に攻めてきたらどうする!」なんて思わねえよ(苦笑)。モンゴルは内陸国だから隣国通らないと海に出られないし、そんな暴挙を隣国(中国、ロシア)が容認するわけもないし。
 つうかさ「仮想敵だから、怖いから学ばない」て認識もどうかと思うけど。
・モンゴル軍てのは「元寇」ですね。日蓮はまあ説明しなくても分かるかと思います。亀山上皇てのは「元寇の時の上皇」です。博多湾に襲来したので福岡にそういう銅像があるわけです。
 なるほど、なるほど、I濱女史が「沖縄に米軍がないと中国が攻めてくる!」と妄想するようになったのは「福岡にある巨大な日蓮像」のせいだったわけですね。
 笑えない話の気がするがバカバカしすぎて笑ってしまう。

日蓮像護持協会が運営する元寇史料館から、これらの像の建立の経緯を引用すると以下のようである。
   記念碑建設の起こりは、(注:建設の)二年前(1886) の八月に起こった"長崎清国水兵事件"によるものである。その事件とは、定遠を旗艦とする清国北洋艦隊が長崎に寄港した際に、上陸した水兵等が酒に酔い大暴れ、鎮めようとした巡査・市民など多数を死傷させ、家屋を破壊し、そのまま出港してしまった。この清国水兵による惨害の補償は、当時の国力の差から日本の無き寝入り同然の結果となり、人々は国辱だとくやしがった。この事件を担当した湯地丈雄は、再びこのような屈辱があってはならないと胸にきざみこんでいた。その後、福岡警察署長に着任した湯地丈雄は、元寇の地、博多に国難殉死者の慰霊碑が一つもないことから、再び外国からの辱めを受けないための精神的象徴として元寇記念日を建設することを思い立った。
 この長崎事件における清國水兵の破壊・暴力 → 弁償しないで逃走 → 日本人大怒り の構図は、なんか現代の中国での反日デモにも通じて、つくづく中国は進歩ない

 太字部分は俺の強調ですが、これて明らかに中国人に対するヘイトスピーチですよね。普通書かないだろ、こんな事(それと暴動を起こしていいとは言いませんが暴動の発端となった石原の尖閣購入論だの、安倍の靖国参拝だのを併記で無視できる辺りはさすがウヨのI濱です。清国水兵事件と大分性格が違うだろ)。
 要するにI濱女史の「中国への敵対感情」は「反共主義」「中国のチベット支配への反感」などといった甘いものではなく「長崎清国水兵事件を伝える巨大日蓮銅像」など「福岡などでの反中国右翼洗脳教育(?)」のたまものだったらしい。清朝時代なんて共産党はもちろんないですからねえ。清朝のチベット支配も今の中国とはとまた性格が違うでしょうし。
 「コエー、福岡、さすが暴力団抗争(工藤会とか)が盛んで、極右団体・玄洋社、黒龍会の発祥地だけあるわ。俺福岡に生まれなくて本当に良かったわ」「つうかいつまでガキ時代の反中国右翼洗脳教育引きずってるんだよ、I濱、お前バカじゃね?」と思わずにはいられませんね。いや冗談でなくマジで。
 よくもまあMukkeさんもI濱みたいなキチガイ右翼を容認できるよなあ。そしてI濱やMukkeみたいな「自称チベット支持者」の『反中国のバカ右翼』がいる限り俺は絶対に「チベットなんか支持しません」ね。だってそれ右翼運動の応援でしかないジャン。俺右翼大嫌いだし。
 まあ、それはともかく。設立の経緯はともかく、そういう「反中国右翼思想の宣伝」と認識されかねない銅像が県庁前に堂々とあるってまずくねえの?(つうかウヨのI濱女史は明らかにそういう認識して銅像の宣伝さえしてますけど)。日中友好の観点から撤去した方がいいんじゃね?。つうか日・モンゴル友好的観点からもまずくねえか?

【追記】
以上でメインは終わりですが、あといくつか突っ込んでおくか。

日清戦争の下関講和条約の舞台となった料亭・春帆樓へ行く。春帆樓は今も営業を続けているが、条約の結ばれた建物はすでに建て替えられており、代わりに条約の席を再現した間が記念館内に作られている。
 中から大量の本土中国人の観光客が観光を終えてでてくる。
 I濱「自分たちの国が負けて不平等条約を結ばされたこの場所で、どんな解説をされて、何を言い合っているのかが興味深いですね。想像つくけど。」

 いやI濱先生がどんな想像をされてるのかさっぱりわからないんですが。中国人観光客が「日本の侵略許せねえ」と反日思想燃やしてるとかそういうこと?
 まあ、俺が思うにさすがに中国人相手に「日本にとって日清戦争勝利は誇りだった」とぶちかますほど「解説者も無謀じゃない」でしょうから「淡々と事実のみ解説」でしょう。
 で中国人側も「ふーん、そんなことがあったんだ」て淡々とした感想じゃないんですかね。よく分かりませんけど。

旅館に隣接する赤間神宮へ。ここはあの耳無し芳一の怪談で有名な寺。
T先生「ここの境内にある大連神社をご存じですか。日露戦争後に、満洲の玄関口大連に総氏神として祀られた熱田神宮のご神体を、敗戦とともにここに移したものです。ここには満州国の資料がたくさん所蔵されていて一橋大学の学生さんたちが整理にあたっています」
 配殿の横には終戦の月の25日に天皇陛下にわびるために自決した大東塾の塾生14名(大東塾十四烈士)の霊が祀られている。

まあ、戦前日本の右翼ぶりを示すものとしてなかなか面白いかも知れません。

(注:下関については)下関名物、長周新聞に触れねばなるまい。この時丁度、同紙は市長の学位請求スキャンダルを糾弾していた。この件は確かに市長の行動に非があったが、それを糾弾する新聞の口調がなんとも文革的というか、知的でない。 調べてみると、この新聞社、中国に従って日本共産党を除名された福田正義が1955年に設立したものであった。

 どの辺りが文革的なんだかよく分かりません。つうかさI濱ちゃんさ、あんた最初から長周新聞がどういう新聞か分かってるよね?

 サイトにある福田正義が書いた「偏っているか」(http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/choushuusinnbunnshoukai.html)を声にだして読んで見たら、中国がチベットを「平和解放」した時の共産党の宣言文を思い出した。反米、反帝国主義、愛国の論理と口調が全く同じ。 内容の是非についてはご自身の価値観で。21世紀になっても毛沢東主義を奉じているとは、インド・ネパールのマオイストのよう。

 I濱女史が紹介する「偏ってるか」は「左翼機関紙の長周新聞が左翼運動を宣伝するのは当然だ。それを『偏ってる』とする批判には全く賛同する気はないが、それで終わってはいけない」「大衆性を忘れてはいけない、ただの『左翼機関紙』で終わってはいけない。そう言う意味では偏ってはいけない」というまあ普通の内容で「毛沢東」云々関係ありません。
 つうかさ、長周新聞サイトのどこにも「目立つ形では」文革万歳、毛沢東主義万歳なんて書いてないですけど。
 正直、もう毛沢東主義なんか奉じてないでしょうよ。正式に「毛沢東主義支持の撤回」をしたかどうかは知りませんけど。
 ああ、それとネパールやインドの「自称マオイスト」について言えば「単なる左翼武装勢力」にすぎず「毛沢東云々」て自称はどこまで信用できるか怪しいと思いますね。単に「毛沢東は有名だから」という宣伝じゃないか。

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